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この地は、小川台宝蔵寺の住職であった宥照(ゆうしょう)が衆生済度(しゅじょうさいど)と五穀豊穣を願って入定(にゅうじょう)した地と伝えられている。元禄期の派手な生活と裏腹に天災続きで村人の生活が苦しくなる様を見て、生活態度を改めさせようと苦心し、五輪塔に刻まれているように享保13年(1728年)8月15日に生きながら穴に入り、村人を戒めたと伝承されている。