姉妹町・姉妹都市・友好都市

長野県千曲市

千曲市の概要

千曲市は、善光寺平の南端にあり、長野市と上田市の中間に位置する都市として、平成15年9月、更埴市と戸倉町、上山田町の1市2町が合併して誕生いたしました。市内の中央には、市の名前にもなった旅情溢れる母なる大河「千曲川」が悠然と流れ、その両側には肥沃な大地に、国道18号や北陸新幹線が南北に走り、市の北部では、首都圏と北陸圏を結ぶ上信越自動車道と、中央自動車道につながる長野自動車道が結ばれる更埴ジャンクションがあり、長野県の交通の要衝といえる都市でもあります。
また、観光地としては「日本一のあんずの里」や国の名勝「姨捨田毎の月」、そして、善光寺の精進落としの湯として昔から親しまれ、開湯100年を超える「戸倉上山田温泉」、更には、延長100メートル余りの東日本最大といわれる4世紀後半に築造された国指定史跡「森将軍塚古墳」などがあり、文字通り「花と月。歴史と文化が薫る温泉と交通のまち」といえます。

千曲市の紹介

面  積   119.79平方キロメートル
市の花 あんず 節分草
       
市の木 あんず

あんずの里

四月、信濃路に
春の訪れをつげる「あんずの花」
淡いピンクに染まる山里
ここは杏花ロマンがはじまる
...日本一のあんずの里

善光寺平の雪が消える頃、山あいの里は、一目十万本のあんずの花に覆われ淡いピンク色に染まります。あんずの里で絶景ポイントが四方に多彩にあります。そのなかでも、森、倉科地区一帯は日本一のあんずの名所。
「あんずの里スケッチパーク」は、旧家を修復整備し、あんずの古木なども移植し、昔ながらのあんずの里の風景を再現。天皇皇后両陛下が2013年4月に初めての私的な御旅行に選んでいただいたのが、千曲市のあんずの里でした。園内には記念碑と歌碑が建てられています。

あんずの里

あんずの里

姨捨田毎の月

平安時代から月の名所として知られていた姥捨
「田毎の月」は田植えの時期にしか見られない、
春の幻の風景。

平安時代の頃から姥捨は観月の名所として知られ、万葉集にも詠まれた場所でした。江戸時代から明治にかけて開田が大きく進むにつれ、小さな棚田に移りこむ月影が一層注目されるようになりました。
斜面に並ぶ不揃いな形の田んぼに移る月が映りゆくことを「田毎の月」と言い表し、"姥捨田毎の月"には松尾芭蕉や小林一茶など多くの俳人が訪れ歌句の題材に取り上げられました。
また、姥捨の棚田からは善光寺平を一望することができ写真愛好家の人気撮影スポットにもなっています。

                  


姥捨ての棚田(朝焼け)

戸倉上山田温泉

温泉につかって宿でのんびり
湯煙情緒あふれる町を
浴衣でぞろぞろあるく

50以上の源泉が掘り起こされ、豊富な湯量(1分あたり、9,000リットル)で温泉を掛け流す贅沢さ。夜の街を彩る芸妓衆も温泉の顔のひとつ。歓楽も、散策も愉しめる信州最大規模の温泉街です。
善光寺詣りの精進落としの湯として、また美人の湯として親しまれ県内屈指の温泉街を形成しています。千曲川のほとりに広がる歴史や文化の名所、心癒されるひとときがここにあります。

戸倉上山田温泉夜景

国史跡 森将軍塚古墳

1600年ほど前の沈黙を守りつづけた科野のクニの長。
謎を秘めた前方後円墳が現代にタイムスリップ。
ここは古代ロマンにみちた天界の地...科野の里歴史公園。

古代科野のクニ(信濃国となる前)を治めていた豪族の墓として、4世紀後半に築かれた壮大な古墳を、発掘調査の結果に基づき正確に復元したものです。
古墳には石が積まれ、埴輪が並んでいます。全長約100mの前方後円墳です。
昭和46年(1971年3月16日)に国指定史跡に指定されています。
また、古墳の竪穴式石室を発掘調査した際に型どりした実物大の精密な模型を中心に、展示をしている森将軍塚古墳館もここにあります。

森将軍塚古墳

森将軍塚古墳

姉妹都市の経緯

更埴市と埴科郡戸倉町、更級郡上山田町は平成15年9月1日に合併し、新市「千曲市」が誕生しました。旧光町では、平成8年7月12日に当時の上山田町と姉妹町締結し、産業まつり等交流を深めてきました。新しい市の誕生に伴い、改めて平成16年4月29日に姉妹都市を締結しました。
平成18年3月27日、光町が横芝町と合併し「横芝光町」となり、引き続き、教育・文化・スポーツ・産業等の交流事業をより一層深めることとし、平成18年11月8日に改めて姉妹都市を締結しました。

長野県千曲市
ホームページ
http://www.city.chikuma.lg.jp/

その他

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